タイパという言葉を知っているでしょうか?
タイムパフォーマンスの略語で、コスパ(コストパフォーマンス)の時間版を指す造語です。
仕事上でタイパを意識することは重要だと思います。
が、最近では趣味でもタイパを意識する人が多くなっているのだとか。
趣味なんて無駄の極致みたいな行為なのに、そこにタイパやコスパを意識するなんてどういうこっちゃ?
参考:失敗したくない若者たち。映画も倍速試聴する「タイパ至上主義」の裏にあるもの
この連載、好きなんですよねぇ
連載一回目はこちら
もくじ
個性的になりたい若者たち
彼らは拠りどころが欲しい。個性的でありたい。
その結果、オタクに憧れる。
(中略)
ただ、彼らはその“オタクになる過程”を、「なるべくコスパ良く済ませたい」と願う。
「観ておくべき(読んでおくべき)重要作品を、リストにして教えてほしい」と言う。
個性的になりたいって気持ちで個性的を目指すのって間違っているよね。
好きな事やってたら個性的になっていた。が正解だと思う。
個性的になるための努力ってわけわからん。
効率よく作品をみよう
彼らは、2時間の作品が1時間で観られたことを、「タイパがいい」と言う。
「タイムパフォーマンス」の略、いわば「時間コスパ」だ。
無駄な時間が生じることを、何よりも恐れている。
中には、こんな人もいた。
「結末までをダイジェストで紹介している動画、もしくはまとめサイトや口コミサイトのあらすじを読んで、観る価値があるかどうかを判断してから観ます」
彼らは何本もの駄作をつかまされた挙げ句、自分にとっての傑作にたどりつく喜びは解さない。もしくは、そこに価値を置かない。そういう「回り道」は、「タイパが悪い」からだ。
そびえ立つクソの中から一粒の宝石を見つける行為が重要なのに・・・
駄作も知る。凡作も知る。名作も知る。
そうしないと評論に深みは生まれないよねぇ?
パフォーマンスを追い求める民
すべての若者がそうだとは言わないが、特に高校生・大学生を中心とした層に、「回り道」や「コスパが悪い」を恐れる傾向は強そうだ。
仕事でコスパを追い求めるならともかく、趣味など心の赴くままに好きにやればいいはずだが、手っ取り早く重要作品を押さえたい、ポイントを知りたいと、彼らは切に願う。
なぜそこまで、“無駄なこと”に時間を割くのを恐れるのか。
「昔と比べて、子供をめぐる環境が全体的に“親切”になっています。
大人が子供の気持ちを先回りして察しようと動く。
その子供たちは、とにかく大事に大事に育てられているので、痛みに弱い。
失敗したり、怒られたり、恥をかいたりすることに対して、驚くほどに耐性が低い」
少し雑に扱うくらいが丁度いいのかなぁ?
まとめ:回り道したっていいじゃない
僕なんか最短距離で走れたことのほうが珍しいよ・・・
でも、目的地に到達してみると回り道して良かったかな。なんて思えるし、
最短距離が存在していたとしても、当時の自分には到底見つけられない道だった。
ってこともある。
最短距離を模索するより、手あたり次第取り掛かって歩むべき方向を都度修正しながら突き進むべきだよね。
あらゆるものにタイパを求めても良い結果にはならないと思うんだ。