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【Iの悲劇】田舎の無人集落に人を誘致せよ【米澤穂信】

『iの悲劇』ハードカバー表紙

小説『Iの悲劇(米澤穂信 著)』の感想レビュー。

あらすじ

山あいの小さな集落、簑石(みのいし)。
六年前に住人が居なくなり滅びたこの場所に人を呼び戻すため、
Iターン支援プロジェクトが実施されることになった。

業務にあたるのは簑石地区を内包している、南はかま市の『甦り課』に配属された三人。

人当たりがよく、さばけた新人、観山遊香(かんざん・ゆか)。
出世が望み。公務員らしい公務員、万願寺邦和(まんがんじ・くにかず)。
とにかく定時に退社。やる気の薄い課長、西野秀嗣(にしの・ひでつぐ)。

移住者を公募し、続々と移住者が引っ越して生活を始めてもらうものの、
彼らが向き合うことになったのは、一癖ある「移住者」たちと、
彼らの間で次々と発生する軋轢だった・・・

感想

作品のタイトル『Iの悲劇』は、Iターン移住者の悲劇という意味?
限界集落を復興させようとする『蘇り課』だったけど、
不幸な事故が続いて入居した人たちがどんどん退出してしまう。

作品は、各章ごとにとある入居者にフォーカスが当たり、
入居
→簑石での生活
→簑石で問題(事件、事故、隣人の軋轢など)
→退去

を淡々と描いている。
こんなに問題がおきる簑石って場所は、
なんか良くない霊的なものがあるんじゃないの?

なんて思いつつ読み進めていくと、最終章ですべてのネタバラシ。
数件が住んでいる山奥の集落に除雪や道路整備など市から回す予算はありません!
というオチ。
じゃ、なんで予算組んで移住者を募集したのかというと・・・

本作は、Iターン移住者のみが悲劇の物語であり、
南はかま市の自作自演に踊らされた喜劇でもあったのでした。

起伏が無く、淡々と進んでいく内容の中に、田舎市町村の現実を見せつけられた作品。

作中のやりとり

「兄貴は何のために仕事してるんだ。
死んだ町に人生捧げても、幸せにはなれんよ」

「幸せか・・・」
「じゃあ訊くがお前は幸せか?」
「俺?」

「親父の人生の節目にねぎらいも言いに来られず、
孫の中でお前をいちばんかわいがった爺さんの三回忌にも来られない」
「そんなのただの感傷だろう。
俺だって、親父のことも爺さんのことも大事に思っている。
でも法事なんか無意味だろ。
第一休みがないし、もし一日休みがあるんなら、休まないと身体がもたないんだよ」
「それは、幸せじゃないんじゃないのか?」
忙しいんだよ、と弟が呟くのが聞こえる。

「南はかま市が深い沼だと言ったな。
上手いことを言う、その通りだ。
でも、じゃあどうすればいい?
市民全員で東京に引っ越せば幸せか?
それは強制移住だ。
そいつをやった国はいくつか知っているが、いい結果になった例は知らない。
そもそも---それで得られる幸せって、誰の幸せなんだ?」
「開き直りだ」
弟は言う。

「自前じゃ錆びた水道管も直せないような町で、何を言っているんだよ。
足りない分は誰が払ってると思っているんだ。
俺だよ。俺たちだ。
中央が稼いで、地方が使ってる。
南はかま市みたいなのは存在するだけで経済的に不合理なんだ。
わかっているだろ?」

「地方に住むだけで倫理的に罪だとでも?」
「まあ、そこまでは・・・言わねえけど」
本心と裏腹であることを明らかに匂わせる言い方だ。

「お前の言うこともわかるが、順番が違うんじゃないか。
ひとが経済的合理性に奉仕すべきなんじゃない。
経済的合理性が、ひとに奉仕すべきだ。
経済的合理性を一番に掲げるなら、
奴隷制だってアパルトヘイトだって合理性だろう」

「兄貴は甘いよ。
奴隷制が廃止されたら、奴隷制に似たシステムが作られるだけだ。
けいざいてきからは逃げられない、だったら、乗る方が賢い」

「それも一つの考え方だろう、だけど、唯一じゃない。
ひとはどこに住んでもいいし、何を幸せと思ってもいい。
他人を害さなければどこでどんなふうに生きてもいい。
生きてもいいことを具体的に保証するのが俺の仕事だ。
俺は市職員を、人生を賭けるに値する仕事だと思ってる」

「搾取を正当化するのか?
兄貴がどう言ったって、南はかま市に住むことに固有の価値なんかない。
そんなものは合併の時に、違うな、もっと前にぜんぶ薙ぎ払われたんだ。
いまじゃどこにでもあるまちさ。
何県なのかもわかりゃしない。
日本中、どこに住んでも大差ないなら、都市部に住んで維持コストを節約しないのは有害な感傷じゃないか」

「ひとは感傷で生きるんだよ」
「撤退戦だぞ、兄貴」
「だったら、お前がやっているのは消耗戦だ。
進も戦い、引くも戦い、この世に天国はないってことだな」

このやりとりに地方都市の現実が含まれていると思う。

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