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【読書という荒野】読書の量が人生を決める。苦しくなければ読書じゃない!【見城徹】

『読書という荒野』表紙

自己啓発?伝記?『読書という荒野(見城徹 著)』の感想レビュー。

もくじ

本の紹介

読書の量が人生を決める。
本を貪り読んで苦しい現実を切り拓け。
苦しくなければ読書じゃない!

感想

死ぬこと以外かすり傷を読んで幻冬舎の社長に興味を持ったので手に取った本。

角川書店の敏腕編集者で、ヒット作を連発。
角川映画の影の立役者、
幻冬舎の設立をした実業家。
本を読んでみると、様々な逸話が出てくる。

その逸話の裏には、小中時代のいじめや容姿へのコンプレックス、
血反吐を吐くような圧倒的努力があった。

そして、自信を構成するのはとんでもない量の本たちを読んできて、
自身の血肉にしてきたからと語っている本。

自分が影響を受けた本を挙げ、感想と共にこういう風に生き方が変わった。
と紹介している。

この本のテーマは、読書論である。
僕の人生と、その人生のなかで読んできた膨大な数の本を語ることで、
一人の人間がいかにして自分の言葉を獲得し、言葉によって道を切り開いてきたかを明らかにしていく。

僕は、読書を始めたのが大学生の頃と遅めなので、多感な時期に読書経験を持っている人たちに羨望や嫉妬のような感情を持ってしまう。
特に凄いなと感じたのが、自己検証、自己嫌悪、自己否定という言葉。

自己検証、自己嫌悪、自己否定

僕はかねがね「自己検証、自己嫌悪、自己否定の三つが無ければ、人間は進歩しない」と言っている。
自己検証とは、自分の思考や行動を客観的に見直し、修正すること。
自己嫌悪とは、自意識過剰や自己顕示欲を恥じ、自分の狡さや狭量さ、怠惰さに苛立つこと。
そして自己否定とは、自己満足を排し、成長していない自分や、自分が拠って立つ場所を否定し、新たな自分を手に入れることだ。

僕は今でも、毎日のように自己嫌悪を繰り返している。
(中略)
こうしたことを話すと、
「見城さんは十分、地位や名誉もあるのだから、そんなに自分を追い込まなくてもいいのでは」
と言われる。
しかし現状に安住し、自己検証と自己嫌悪と自己否定を忘れるようなことがあれば、生きている価値がないとさえ思う。
自分が駄目になっていく恐怖、老いていく恐怖と常に戦ってこそ、僕は僕であり続けられる。
そうした感情を味わえるのがまさしく読書なのだ。
本を読めば、自分の人生が生ぬるく感じるほど、過酷な環境で戦う登場人物に出会える。
そのなかで我が身を振り返り、きちんと自己検証、自己嫌悪、自己否定を繰り返すことができる。
読書を通じ、情けない自分と向き合ってこそ、現実世界で戦う自己を確立できるのだ。

自己検証、自己嫌悪、自己否定を繰り返して、血肉化した言葉を獲得せよ!

見城氏の生きざまを見せつけられ、その熱量が自分にも伝播してくる本。
僕も、毎晩、寝る前に絶望できるように毎日を毎時間を毎分を毎秒を全力で行きたいと思う。
・・・さて、この行動力が続くだろうか?

オススメ!

文庫もあるよ!

※還暦越えの身体です

好きな言葉

「人は自分が期待する程、自分のことを見ていてはくれないが、がっかりするほど見ていなくはない」

丁度、自分のプライベートでも似たようなことがあって、ちゃんと熱量を持って行動していれば、
見ている人は見てくれているんだなって。

ここに描かれているのは、社会の「極」とも言える部分だ。
人間は「極」をどれだけ経験したかで、度量が決まる。
真ん中を歩いている人からは何も生まれてこない。
極端を経験してこそ、豊穣な言葉を発することができるのだ。

平々凡々生きてきた自分には痛い言葉。

僕は平和な日々よりも、悲痛な日々のほうが生きている実感を味わえる。
ことごとく自分が願うものを成し遂げた上で、それでも全部を果たし切れずに、絶望し切って死にたい。
この言葉は僕にとって劇薬である。
絶望し切って死ぬために、「お前は今日一日を、最大限生きたのか」と問われているような気持になる。

僕も、自殺するとしても、抗って抗って抗った上で死にたいなぁ。と常々思う。
ただ、思うだけで行動が伴っているかと言われると・・・

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