日記

公教育の食育問題。一番手っ取り早い食育は・・・

食事

食事の好き嫌いや食わず嫌いをする子供が多いようです。
食品ロスを減らすため、食の大切さを知ってもらうために公教育で『食育』に力を入れているそうです。
公教育で出来ないような究極の食育、俺が教えてやんぜ・・・!

非人道的な方法:飢える

食に関しては、飢えることが食に感謝(リスペクト)する一番手っ取り早い方法だと思ってる。
長期間かけて食育を続けるより、数日飢えさせて食に対するありがたみを知るほうが手っ取り早いって思うんだよね。
恵まれていて、食べ物が常にある状況で育ったから食べれることのありがたみが薄れているんだと思う。

だったら一時的に取り上げて普段置かれている状況がいかに幸運なことか認識させてあげることが大切だよなぁ!?
※なお、公教育で行うのは難しい模様。

お金がかかる方法:本物を食べる

僕は小さい頃、鰻が食べれませんでした。

が、ウナギ料理屋へ連れて行ってもらい、そこで食べたうな重が美味いこと美味いこと・・・
見事、ウナギ嫌いを克服したのでした。
今思うと、スーパーのゴムゴムしたウナギが苦手なだけであって、ウナギ自体が嫌いなわけではなかったんだな、と。

そういう体験があり、『本物』の食材(調理)を扱った食事を食べさせることが子どもの好き嫌いを治す方法の一つだと感じているわけです。
ただ、本物の食材は高いからな~
給食費が高くなっても大丈夫な学校のみが行える方法だね。

時間がかかる方法:食べ物を育てる

食卓に並んだものしか食べないから食べ物を生産するという大変さを知らないから簡単に残せてしまう。

種まきから収穫まで。すべての行程を作業すれば食べ物を作る大変さが分かるはず。
そうすれば無下に食べ物を残さないようになるのではないか?

いくら座学で野菜の生産工程や流通を学んだところで実感なんかもてるはずがない。
体験しなきゃダメ!
・・・でも、時間がかかる内容だからなぁ
公教育で組み込むのは厳しそうだ。

まとめ:体験に勝るものなし

僕が今現在、好き嫌いなく、嫌いなものでも出された分は食べれるようになったのは、上記三つの体験があったからこそ。
特に飢餓(空腹)体験は12時間も体験してないけど、食べれることに対するありがたみを知れたよ。
食べれないと人間は尊厳を失うんだなって実感しました。

それぐらい強烈な体験をしないと、飽食の時代にしっかり食べましょう。なんて教育は厳しいと思うな。
僕は食べるのが好きだけど、正直なところ一日の必要な栄養素なんてサプリメントでも良いと思ってるからね。
簡単に栄養が補給できるからこそ、食へのリスペクトって大切にしたいよね。

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